1993年 酒呑み日記in沖縄。 市川は進むよ何処までも 

市川哲史の「突然大復活」酒呑み日記 

ども市川哲史です。突然の「酒呑み日記」大復活がなぜ、ロッキングオンJAPANではなく 
B-T CLUB会報で噴出したのか疑問に思う方々も多いかと思いますが、 
そんなのは私達の勝手です。では、いきます。 

6月10日木曜日。東京ドーム→下北沢・寿司屋→六本木・パブ→同・バー→ 
西麻布・バー(ビール達に日本酒達にジンロック達全員集合) 
 今日は再生YMO初日公演で、今井は前日が郡山市民文化センターのライブ、 
そして翌日の宮城県民会館ライブの為の移動日だったのだが、小嶋を連れて夕方 
単身帰郷してきたのであった。席で待ち合わせーー案の定全然やって来やがらな 
いので生ビールをぐいぐい呑んでると、今井がヘラヘラ登場。『絶対ビール呑み 
まくってると思いましたよ。』誰が遅れて来たんだよ誰が。お? 
 予想通りイマイチな内容に、今井が既に地蔵化の兆候を見せている。おいおい、 
君は坂本龍一教授に対抗すべく『教諭』と我々が命名した逸材ではないか。起き 
ろ元気を出せ、とか何とか言ってるうちに終了。盛り下がったので、タクシー拾 
って寿司食いに行く。『明日11時の新幹線に乗りさえすればいいから、それまで 
ぜぇ〜ったい帰しませんから今日は』。ムキになんなよムキによ。 
 ただでさえ酒に弱い小嶋がたった一杯の吟醸酒で奈落に落ちていく横で、今井 
が今日はYMOの打ち上げが無かった事を残念そうにしている。『明日は打ち上げ 
あるらしいから、仙台のライブを忘れたふりしてこのまま東京に居たらどうだ? 
『小嶋の頭をモヒカンにして、俺の代わりに演らせますか?』すると夢の世界を 
彷徨っていたはずの小嶋が一言。『で、変テコな踊りしてりゃいーんですかね俺 
は』うーん鋭い。 
 その後はハシゴしまくり、前日の小和田雅子さんがいかに可哀想か的話に盛り 
上がり、気がついたら朝8時。今井が言った、『あ、皆へのお土産忘れた』 
『何それ』『YMOのTシャツ』。俺帰ろ。 

 6月25日金曜日。沖縄・ユータ部屋→同・肉海老屋→同・クラブ→ 
同・ソウルバー→同・今井部屋(致死量寸前の大冒険) 
 レコーディング中に『市川さん、月に一度は地方に来る事にしましょうよ』 
と勝手に協定が組まれ、その第一段として沖縄に行く羽目になった。本番1日 
だけの4泊5日ーーほとん慰安旅行状態である。単身夕方到着した私がホテル 
で原稿書いてたら、ユータから電話、『部屋来ませんか?』部屋に行くと全員 
雁首揃えてた。で全員で、前日の福岡市民会館のライブビデオ観賞会である。 
くるくる舞いながら唄う自分の姿を観て、『なっちゃいねぇ男なんですよ俺は』 
とベッドに倒れ込む櫻井。楽屋で真っ赤なガウン着てビーバップ・ハイスクール 
状態の星野に飛ぶ罵声。何なんだ君達は。 
 2軒目のクラブでお姉ちゃん達が応対してくれてたのだが、まずこういう場所 
でコミュニケーション断絶地蔵と化す星野が、居たたまれなくなって下川連れて 
ディスコへと離脱。1時間経過後うなだれて帰還。『どうしたんだよ?』『人が 
多すぎてただ立ってただけ。どーせ俺なんか俺なんか』星野沈没。大体沖縄の 
クラブの姉ちゃん達は総じて異常に若く、しかも豪快さん揃いだ。特に一人 
目茶苦茶で、勤務の枠を超えてバーバー呑むわ下ネタ大放出だわ禁止されてる 
煙草をママの目を盗んで吸いまくるわ、怖い。櫻井敦司という正真正銘の美形男 
を捕まえて、『あーウチのおねえちゃんそっくりーっっっ』そういう問題じゃね 
えだろ。『俺って沖縄なんですかね』そう言ってブームの”島唄”唄いまくる 
櫻井であった。 
 ソウルバーでツェッペリンをリクエストするアニイも豪快だったが。結局私は 
教諭の部屋で地蔵化。寝てる間にルームサービスの目玉焼きと記念撮影されてた 
そうだが、知らん。 

6月26日土曜日。沖縄・国際通り→同・寿司屋→同・クラブ→同・ディスコ→ 
同・カラオケクラブ(酒って何?) 
 起きたら夕方の4時。うーん、沖縄のありがたみ皆無である。何せこのホテル 
部屋に時計がついてない。窓の外の明るさで判断しようにも、日照時間が長過ぎ 
て勘も狂う。今井などわけのわからぬまま8時まで寝てた。さて私はアニイに 
誘われて、国際通りに時計を買いに出かける。しかしアニイよ、わざわざ沖縄 
まで来てCD買う事ねえだろ。 
 あまりの怠惰な生活に人間の尊厳の危機を感じた私は、その後B-PASS用の 
取材を櫻井と演る。今井も続けて演るはずだったのだが、面倒臭いからヤメた。 
『俺のは俺のは?』無し無し。櫻井はそのままレンタカーを借りて、夜の帳に 
消えていった。おーいきっと帰ってこいよお。 
 夜10時に夕食ーーロビー集合だったのだが、今井がエレベーター待ってて 
扉が開いた瞬間『中にボディコン女が10人以上詰まってて、思わず下向いて 
『どうぞ』といっちゃった』らしい。ちなみに偶然同じホテルに宿泊していた 
BCG御一行様がその正体であった。ビビった今井に、私は『ロックは死んだ』 
と呟くのであった。その後クラブに行くと、おいおい姉ちゃん達皆昨日と同じ 
じゃん!系列店でしたか。そして星野は今日もディスコに緊発進する。毎日が 
デジャヴか?そしてお約束通り60分後に帰還してきた星野である。『行ったら 
やっぱり混んでて、30分ずーっと立って待ってて、やっと席が空いて座って 
乾杯しようかと思ったら、警察隊が50人ぐらいドカドカ入って来て、『今日 
閉店ですから帰って下さい』だって。』笑っていいか? 
 その後我々も別のディスコに移動する事になったのだが、ここ満員で30分 
経っても頼んだ酒が来ない。『ヒデ!おめーが居るからこねえんだ』ユータ、 
君は正しい。で酒がようやく到着し乾杯した瞬間に店員が『今日は取り締ま 
りが厳しいので、閉店します』。我々が星野を袋叩きにしたのは言うまでも 
あるまい、『側に寄んなよ不幸が移るだろっっっ』B-Tが鬼と化した一夜であった。 

6月27日日曜日。沖縄・琉球料理屋→同・ディスコ→同・ソウルバー 
(今日も測定不能の大酒量、俺達は馬鹿なのか?) 
 『これじゃいけない!』連日の猿以下の生活に危機感を抱いた私は、クラブ 
の姉ちゃんの案内で午後から観光に出かけた。やっと沖縄に来た実感を得た私 
である。だがしかし、それでも夜は夜ーー今日も酒呑み日記だよーん。 
全員でまた別のディスコを訪れ、とりあえずVIPで酒を呑みまくる。この店は 
完全にジュリアナ状態で、お立ち台大盛況の大狂乱を眺めているだけで虚しく 
なる我々であった。向かいの席のうさん臭い青年実業家集団のとこには次から 
次へとお姉ちゃん達が合流するのに、『何で俺達は男ばっかで呑んでるんです 
かね』と漏らす星野。うーんやっぱ君が貧乏神だからじゃないのかな。 
 櫻井と私は守護霊の話しで死ぬほど盛り上がる。現在私が衛星放送スペース 
シャワーで企画している番組『GEE!』の中に、霊媒師の先生がミュージシャン 
の守護霊と交信するコーナーがあるのだが、要は守護霊だからその人間の人生を 
過去から未来まで全て把握してるわけだ。だから過去の人生が全て先生に当て 
られてしまうし、この先の分岐点でどの道を選択したらよいのかも全てお見通し 
なのである。例えば過去における『この時こういう事さえしなければ・・』的な 
『人生の敗因』も、指摘されてしまう。同じスネに傷持つ仲間の私と櫻井は、 
もう止まらない。『きっと『おい!おい!駄目だそこでそれをやっちゃ・・ 
あーあ・・本当に駄目な奴だなおまえは』って、俺の後ろでいちいち首うなだれ 
てるんでしょうね』『そうそう、『情けないぞわしゃー』とか言ってなあ」 
 そしてこの日、TV出演を忌み嫌う櫻井敦司の『GEE!』出演が即決した。 
ちなみに、私も近日中に見て貰う事になっている。弱い弱いなあ俺達は。 
『男の弱さは美しいですよねえ』『そう思うしかないよなあ』そう、弱虫こそ 
が理想的な男だっっっ・・・・ろうか。 
 ちなみに星野もどういうわけか本ツアー中にすっかり弱虫君と化しており、 
『陽気な情けない男』ぶりに拍車がかかってきた。ソウルバーで『市川さん、 
俺と添い寝して(はーと)』としつこく口説かれてしまった。おいおい。 
地蔵化の兆候が見られた私は朝6時に先に店を出たのだが、ホテルに戻って 
部屋の鍵を落としていた事実に気づいた。げげっ、星野の横に間違い無く 
落としたなあ。どうしよう夜這いされたら。 

6月28日月曜日。沖縄・ステーキ屋→同・クラブ→同ソウルバー→ 
今井部屋(夢の飽和酒) 
 やっと那覇市民会館のライブ本番である。過去3日間は一体何だったんだ 
ろうか。夕方4時頃楽屋を訪ねたら、全員憔悴しきってながらもメイクを 
開始していた。ツアー中こんな事繰り返してて、飽きない君達が俺は怖い 
付き合って5年になるが、納得出来んなあ。『てつしー(はーと)鍵が俺 
の横に置いてあったから、添い寝のOKが出たんだなと思って興奮しちゃっ 
たあ(はーと)』黙ってろ星野。 
 以下、もう書く気が失せるほどの何度目かのデジャヴが展開され、朝6時 
半ホテルに帰る。知らぬ間に今井がソウルバーでジンの新品ボトル1本テイク 
アウトしており、私と星野とスタイリスト八木と下川は今井の部屋に吸い込 
まれてしまった。ユータも途中復帰してきたが所詮地蔵、呆気なく撃沈して 
しまった。下川も同様である。呑むうちにジンを割るものが尽き、仕方無い 
ので冷蔵庫から出してきたアルギンZでジンを割って『アルギン人』ウルトラ 
マンに退治して貰った方がいいのではないかと思う程『気持悪い(星野談)』 
味であった。私はコーヒーで割った『ブラジル人』八木は鉄骨飲料で割った 
『鉄骨人』・・・うーん、気持が悪い、まず朝8時半、我々の死角を突いて 
星野がシャクトリ虫のごとく床を這い、僅かに開いたドアの隙間から蒸発。 
朝9時には、さすがに我々も今井部屋を後にしたが、それでもしつこく足に 
しがみついて食い下がった今井を、誰か早急に射殺した方がいいと思う。 
 私は12時の飛行機だった為に、1時間だけ寝て起床。シャワーを浴びて 
いざ空港に向かおうとしたら、おお!財布を今井の部屋に置き忘れてるでは 
ないかっっっ。があーん。あいつは一旦地蔵と化したら、殴ろうが蹴ろうが 
ダイナマイトが爆発しようが津波が来ようが、絶対起きないのだ。 
レインボーマンヨガの眠りなのだ。電話をかける。×。ドアを爆発的に殴打する 
×。仕方無くフロントで合鍵を借り、勝手に開けて侵入する。何故こいつは 
ここまで幸せそうに寝ているのか。こみ上げる怒りを抑えきれなくなった 
私は、今井の顔に『X(エックス)』と書こうと思ったが、時間が無かった 
のでヤメた。 
 こうして私は29日に帰京し、そのまま渋谷クアトロのすかんちライブに 
TV用の取材に出かけ、結局そのまま打ち上げで曝呑みしたのであった。 
私も今井と同じか。 

6月30日水曜日。大宮・ユータ部屋(ジン(1)本 ウォッカ(1)本 ワイン(1)本)。 
酒仙旅日記第2弾は、ツアー前半最終公演の大宮2DAYSである。 
連絡が無かったので、私は行かなくてもいいものだと安心して仕事場で原稿書いてた昼3時 
下川から(電話)、「ホテルの部屋も用意して一同お待ちしてますから」。がーん。今から行くのかあ? 
ライヴ終了後はホテルに帰り、とりあえず待機。ついウトウトしてたら11時20分頃、小嶋から(電話)、 
「大宮、皆でメシ食う場所無いんですよ。なんでルームサービスで食べて下さい」。おーい。 
仕方ないので頼もうとするのだが、何せ11時半オーダーストップの為に延々話し中なのだ。 
怒髪一番しながらかけ続ける事15分、ようやく通じたと思ったら「本日の業務は終了しました」。 
ぐわあっっ。結局、単身外出してようやく発見した馬鹿マズいラーメン屋を発見して食う。 
それにしても、ホテルの周りにたむろするワンフ達をさらに包囲するヤンキー車群には笑った。 
恐怖の二重構造。 
メンバー達は新作ビデオクリップの打合せ中とかで何事も無く、これ幸いとばかりシャワー浴びて 
寝始めた私であったが、2時半頃ドアがノックされる。開けると下川だ。 
こりゃまずいと慌てて閉めかけたのだが、廊下の向こうから疾風のごとく今井が現れてジ・エンド。 
はいはい呑めばいいんでしょ呑めば。 
膨大なコンビニ買い出し物資と共に、ユータの部屋で宴会。体調不良のアニイのみ欠席である。 
しかし大宮まで来て、なぜホテルの部屋で呑まねばならいのだろうか。 
朝5時頃、部屋の窓から下を眺めたらイケイケ風の姉ちゃん二人が、感心にも他のワンフ達が 
散らかしたゴミを片づけてるではないか!しかも分別しながら。偉い。 
我々一同その清々しい光景に感動し、星野が出窓によじ登りガラスにへばりついて 
「賞賛」の愛想を見せるものの、全く無視されてしまった。 
ああ、また英彦君がさびしん坊になっていく……。 
末期は全員で鼻の穴をビデオに撮ったりの幼稚園児並の演芸大会と化して、朝8時に解散。 
我々は脳軟化症バンドである。 

7月29日木曜日。六本木・パブ→西麻布・バー(前日の反動大酒)。 
今日はライヴ終了後、即東京戻り。メンバー共々車で帰る。なぜ、わざわざ帰京するのか? 
理由は明白ーー東京には飲み屋が沢山あるからであった。わははは。 
何でもいいがユータよ、車内でARBの”魂こがして”を絶唱するのはヤメてくれ。 


---以上〜 
「発見したラーメン屋を発見し」とか「7月29日」とかは間違いのようですが 
原文ママです。 

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